ミスター・シェイクハンドの引退
ミスター・シェイクハンド 加藤健二さんの引退
2006年11月30日、キャピトル東急のミスター・シェイクハンドこと、加藤健二さんがご引退されるそうです。直接は存じ上げませんが、ずいぶん昔に、お世話になった某企業の社長から、加藤さんのお話を聞いたことがあります。キャピトル東急のエグゼクティブコンシェルジュが、俺の名前を覚えてくれているって自慢していました。この人のことだったんだ、と今になって、あんなにうれしそうに自慢していた意味がわかりました。お会いしたことは、一度もありませんが、加藤さんが、お仕事をされる、様子が目に浮かぶような気がするのは、どうしてでしょうか? キャピトル東急がクローズする前に、一度足を運んでみようと思います。一人のコンシェルジェが、数十年を過ごした場所を見てみたくなりました。それと、キャピトル東急のなかの、オリガミって知ってます?あそこも、クローズする前にいっとこっと。
11月6日毎日新聞「人のぬくもり:ホテルマン/東京」より
今月30日、都心にある老舗ホテルが43年の歴史に幕を下ろし、一人のベテランホテルマンが引退する。
「キャピトル東急」の加藤健二さん(65)。常連客は親しみを込め「ミスター・シェイクハンド」と呼んでいる。
ホテルの前身は「東京ヒルトン」。東京五輪の前年の1963年に、日本初の外資系ホテルとして国会議事堂を望む山王の丘に開業した。米国式の経営で、初来日のビートルズなど国内外のVIPが愛用。84年からは東急傘下に代わって営業を続けた。
加藤さんが入社したのは開業2年後の65年。部屋を掃除するハウスボーイを皮切りに、ベルボーイやフロント勤務を経て、顧客応対の先頭に立つエグゼクティブコンシェルジュに上り詰めた。
その生活は分刻みに進む。午前3時半に起床して新聞に目を通す。5時3分の始発乗車に乗り、50分にホテルに入る。オフィスで顧客の出入りをメモに書き写し、背広のポケットに入れてロビーに立つのが7時ジャスト。チェックアウトが落ち着く11時すぎまで顧客の間を歩き回り、万歩計は1万5000歩を刻む。
「お客さんを何人まで記憶出来るか?」。テレビに引っ張り出され、数え上げたのは1万人。誕生日などの顧客データをメモした手帳は山積みで、クリスマスカードと年賀状は1300通を超える。
ニックネームの由来となった「握手」はヒルトン時代に身に着けた。感謝の心を込め、ゲストの手のひらに控えめに重ねる。そのぬくもりの記憶は数知れず。ちなみに、あまりの小ささに驚いたのはマイケル・ジャクソン。ゴルファーのアーノルド・パーマーは「ゾウのように」大きかったそうだ。
30半ばに腎臓を病み、40歳で移植を受けた。透析が欠かせなかった当時は、ホテルが透析室を設け、同僚が仕事をカバーしてくれた。「足に負担がかからないよう」とゲストがプレゼントしてくれた特注の靴は、いまでは一番の宝物になった。
最終日の30日、加藤さんは午前7時にロビーに立ち、別れと感謝の気持ちを込めて、最後のゲストの手を握る。
そして、年明けからは一人のボランティアとして、「臓器移植ドナー参加」を呼びかけて全国を回る計画だ。<文・写真、萩尾信也>